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子どもと向き合い、まちの人をつなぐ。(1)辻義和さん  /  ネクスファ


2012年に柏市明原に開設された、学童保育と学習塾を併設運営するネクスファ。

社会で生き抜く力を育む場所として、サステナビリティ学習(サス学)という独自の学びを実践している。

その副代表である辻義和さんに、「教育」「柏」への熱い思いをお話し頂いた。

「大学4年間学習塾講師をして、どはまりしたんです。」

教育に携わる仕事に就くことをずっと抱き続けて。

――現在柏市では、高柳と明原(あけはら)の2つの場所で、ネクスファを運営されているということですが、こちら(明原)のネクスファは、どのようにして始まったのでしょうか?

近くに豊四季台団地(とよしきだいだんち)という、100号棟ぐらいの大きい団地があるんですね。

そこに住むシニアの方々を対象に、東京大学と柏市が研究をしているんです。「シニアの生きがい就労プロジェクトといって、引退された方や時間を持て余している方に、就労の場を作ろうというプロジェクトですね。

その一環として学童保育と学習塾をやってほしい、というオファーをいただいたんです。それで、それまで高柳の方でやっていた「サス塾」という塾に、「シニアの就労」と「学童保育」という要素を加えて、小1から小6を対象にした学童保育と、小4から中3までを対象にした学習塾を始めたんです。

――代表は杉浦さんという方が務めていて、その方がネクスファを起ち上げたとお聞きしました。辻さんがネクスファに関わるきっかけは、どのようなものだったのですか?

「サス塾」は学習塾だけを運営していたので、学童保育に詳しい人がいなかったんですね。ちょうど僕が都内で学童保育のNPOの手伝いをやっていて、それを聞いた杉浦が声をかけてくれたんです。

――杉浦さんとはどこでお知り合いになったのですか?

大学卒業後、僕はSEとして働いていたんです。でもSEってなんていうか無味乾燥な世界で、ずっとまちおこしや地域活性化の仕事をしたいなと思っていたんです。なのでそういうのを学べる講座を見つけて、働きながらそこに通っていました。

その講座で地域活性化のプランを発表する機会があったんですね。僕は教育とまちづくりに関するプレゼンをしました。そしたらちょうど杉浦が来ていて、そこで知り合いました。

――そもそも、教育への関心はいつからお持ちだったのですか?

大学の専攻は工学部だったんですが、大学時代の4年間に学習塾の講師をして、どはまりしたんです。小1から高3までの個別指導の学習塾でした。

それでそのままそこの会社に就職しようかなって考えたんですけど、ベンチャーだから就職するのは怖いなとも思って。僕、慎重派なんですよ。親とかいろんな人からも反対されたこともあって、大学卒業後は一番引く手あまただったSE(システムエンジニア)に就職しました。

――SEからネクスファに転職する前には、教育コンサルタントのお仕事もされていたとお聞きしました。

そうなんです。最初にいたSEの会社が上場企業のでかい会社で、転職するときにいきなりネクスファっていうのが怖くて(笑)、SEの後は別のところに転職しました。

でも教育のことをやりたい気持ちがあったので、何かないかと探してみたら、教育コンサルっていう職があるのを見つけたんです。それでまずはそっちだってなって思って転職しました。

――今までのお仕事の経験がネクスファの活動の中に活きているなと感じることはありますか?

ありますあります。思ったよりも、杉浦がこの教室(明原)に関して、立ち上げのときからかなりの部分を任せてくれるんですね。生徒募集や親御さんとの連絡、授業の企画など任せられるってわかったらどんどん仕事を任せてくれて。

でも、SE時代に1人で何十件ものお客さんを担当していたおかげで、仕事の段取りをつけてこなしていくってことも、なんとかやれているように感じます。

――なるほど、副代表という肩書きを持ちつつも、中心となってお仕事をなさっているのですね。

そうですね、代表の杉浦には自由にやらせてもらっています。そこはとてもありがたいです。でも逆を返すと、失敗したら自分の責任になってしまうということでもあるので、そういうプレッシャーはありますね。

――就職したり起業に関わったりと、様々な立ち位置でお仕事されてきた訳ですが、そうしたご自身の働き方についてどのように感じていますか?

最初からNPOに就職するとか、上場企業に就職するとか、人によって進め方があるとは思うんです。でも僕は企業就職して良かったなあと思っています。

というのも、同期とのつながりが今でも続いているのが大きくて、企業で働いている仲間がどんどん出世して活躍している姿を見ると、すごく刺激を受けますね。

社会に出た時の本質的な力っていうのは、いわゆる普通の勉強の力ではないと思っていて。」

社会で生き抜く力をつけるために、子どもも大人も試行錯誤の日々。

――ネクスファの周辺は学習塾が多いですが、他の塾との違いをつけることを意識していたりするのでしょうか?

はい、しています。もともと代表の杉浦は、大学院で「環境コミュニケーション」のことを研究していたんです。それで子どもたちに環境のことを教える学習塾を開きたい、と考えていました。でも当時は受験対策としての塾のニーズが高くて、普通の学習塾をやっていたんです。

ですが時代は変わり、2011年の震災の経験も影響して、次第に偏差値だけではない学びが求められるようになってきたんですね。そういうことがあって杉浦は、社会で生き抜く力をつけることを目的に、サステナビリティ学習として「サス学」を始めたんです。

うちは学校の復習のような国語・算数・英語の勉強もやってます。でも一番力を入れているのは「サス学」で、エネルギーの問題やオリンピックの問題など、そういう社会的なテーマを取り上げて、問いを出して話し合いや発表をしてもらっています。なので、講義というよりは、体験や実践型の授業形式をとることが多いですね。

――なるほど、「サス学」というのは、社会の課題について探求していく学びなんですね。そうすると、保護者の方はこうした「サス学」に魅力を感じて入塾されるのでしょうか?

そうですね、最初は受験のために勉強をみてほしい、と言って入塾してくださる家庭が多かったです。柏はベットタウンなので、中学受験の需要が高いんですね。

でも、都内では「サス学」のような学びをやっている学習塾が増えてきていたりすることもあって、ちょっとずつ風向きが変わりつつあるかなとは感じます。やっぱり、社会に出た時の本質的な力っていうのは、勉強の力ではないと思っていて。保護者の方には、そうした意義を伝えつつやっています。

――「サス学」ではこれまで、「食の安全」や「地球温暖化」などを取り上げてきたということですが、こうしたテーマはどのように決めているのですか?

施設の見学に行くようなテーマに関しては、スタッフから提案します。でもやっぱり、子どもの疑問に答えて企画することが多いですね。

子どもたちの出す疑問が面白くて、高学年からは渋い問いが出てくるんです。ほんとドキッとするんですよ。善と悪の境界線はどこだとか、円周率ってどこまで続くのとか。こっちからテーマを見つけるっていうよりも、子どもが疑問に思ったこととか、やりたいことかをプログラム化した方が盛り上がるなって思います。

――一方で学童保育の方でも、地元の方が講師となって、「理科実験」や「料理教室」などの様々なプログラムを行っているということなんですが、講師の方はどのように見つけているのですか?

最初の年は、こちらからガンガン地域の方にアプローチしていました。でも今は地元の方から来てくれます。

スタッフの一人が得意なことがあるんでとか言ってくれたり、保護者の方が自分の企業でいろいろやってるんですけどとかって声をかけてくれたり、いろんな形で持ち込みが増えていますね。

うちはカリキュラムを組んだりしてないので、プログラムはそういった意味では一貫性はないです。でも来るものは拒まずという感じでやっているので、ありがたいことに最近はこちらから講師の方の発掘をすることはないです。

――地元の方による自由な企画の持ち込みの良さがある中で、逆にテーマを絞らないことによる苦労はあったりするのでしょうか?

そうですね、基本的にはどれも盛り上がるんですが、渋いプログラムも中にはあって、子どもに興味持って楽しんでもらうことが難しいときがあります。

でも、講師の方が魅力を発揮できるよう、演出すれば大丈夫なんじゃないかなって思っていて、プログラムの順番を変えたり、ゲームをとり入れてみたり、講師の方が伝えたいことは守りつつ、やり方を変えるっていうことをしています。今までたくさんプログラムをやってきたのもあって、何となくそこは工夫することができるようになりましたね。

一方で設立当初から続いているプログラムも結構多くて、それは本当にありがたいです。人に恵まれているなって思います。講師の方も慣れてきたみたいで、大勢の子供を相手にコミュニケーションとることもマスターしていますね。なので最初の方はこっちがサポートしていたんですけど、今はほとんど信頼してお任せしている感じです。

辻義和さんインタビュー

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